【2026年10月義務化】カスタマーハラスメントの新時代

Call center worker with headset looking stressed during phone call

近年、社会問題として大きくクローズアップされている「カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)」。
これまで多くの企業で努力義務や現場の裁量に委ねられていたカスハラ対策ですが、いよいよ大きな転換期を迎えます。

2025年6月に公布された「改正労働施策総合推進法」により、2026年10月1日からすべての企業においてカスハラ防止対策が「義務化」されることになりました。
今回は中小企業への猶予期間(経過措置)がなく、労働者を1人でも雇用するすべての事業主に一斉適用されます。

今回は、政府広報の最新指針をもとに企業がこれから進むべき具体的なロードマップを解説していきたいと思います。

目次

カスハラ義務化の背景:何が日本のビジネスの潮流を変えたのか?

これまで顧客からの厳しい要求は「現場の工夫や忍耐」で解決すべき問題とされがちでした。
しかし今、国が法律で対策を義務付けるまでに至った背景には、ここ数年で起きた3つの決定的な潮流の変化があります。

① 「お客様は神様」の終焉と、深刻な人手不足

最大のきっかけは日本国内の圧倒的な「労働力不足」といえます。
少子高齢化が進む中、企業にとって「人材の確保・定着」は最優先の経営課題となりました。

かつての「お客様は神様」という過剰なサービス精神を悪用され、貴重な従業員が精神的に追い詰められて離職してしまうことは、企業にとって致命的な経営リスクとなります。「理不尽な顧客から従業員を守れない企業は、労働者から選ばれない」という危機感が、義務化への強力な推進力となったのです。

② SNSによる「晒し行為」の可視化とデジタル化

もう一つの大きな契機は、SNSの普及とスマートフォンの普及です。

一昔前なら「店舗内での一悶着」で済んでいたトラブルが、今や一部の悪質な顧客によって「店員の対応を無断で動画撮影し、SNSに晒して炎上させる」という形で可視化・過激化するようになりました。

これにより、従業員個人のプライバシーが脅かされるだけでなく、企業のブランドイメージが一夜にして失墜するリスクが急浮上したのです。

③ 「東京都カスハラ防止条例」の成立という決定打

そして、法制化へ舵を切る決定的なきっかけとなったのが、2025年10月に施行された「東京都カスタマーハラスメント防止条例」です。
日本で初めてカスハラを明確に禁止したこの地方自治体の動きは、全国の企業や経営者に大きな「気づき」を与えました。「これはマナーの問題ではなく、明確にルール化すべきリスクなのだ」という社会的合意(潮流)が一気に形成され、今回の国による全国一斉の法制化へとつながったのです。

2026年10月までに企業が講ずべき「4つの雇用管理上措置」

厚生労働省の指針案によると、企業は施行日までに以下の措置を必ず講じなければなりません。

もはや、現場の担当者個人のみに対応を押し付けることは許されず、「組織としての対応体制」を構築する必要があるのです。

1.方針の明確化と従業員への周知・啓発
「カスハラには毅然とした態度で臨み、従業員を守る」というトップのメッセージ(方針)を社内外に明確に示します。また、何がカスハラに該当するのかの基準を社内に周知します。

2.相談体制の整備
被害に遭った従業員が、孤立せずにすぐ相談できる窓口(相談ルート)をあらかじめ設置します。

3.事案への迅速かつ適切な対応(現場の孤立を防ぐ対応)
万が一事案が発生した際、被害者の心理的ケアを行うとともに、再発防止に向けた取り組みを行います。また、「一人で対応させない」「上司にすぐ指示を仰げる」体制を作ります。

4.プライバシー保護と不利益取扱いの禁止
相談した従業員のプライバシーを保護し、相談・報告したことを理由に解雇や降格などの不利益な取扱いをすることを法律で禁止します。

厚生労働省:職場におけるハラスメントの防止のために
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html

そもそもカスハラに罰則はあるのか?知っておくべき「2つの法的真実」

① 「カスハラ防止法」自体にクレーマーや悪質ユーザーへの罰則はない

あくまで企業に対し、従業員を守るための体制づくりを義務付ける法律となります。
そのため、この法律自体を根拠に、悪質な顧客を国や自治体が直接処罰する仕組みにはなっていません。

また、「正当なクレーム」との線引きが難しいため、「カスハラ罪」のような新しい刑罰を作ることも現時点では見送られています。

② 既存の「刑事罰」や「民事賠償」が適用される

法律自体に罰則はなくても、悪質な行為の多くは既存の刑法(犯罪)に抵触します。 実際に、現場でよくあるカスハラ行為は、以下のような罪名で警察に逮捕されたり、書類送検されたりするケースが続出しています。

顧客のカスハラ行為の例該当する主な罪名(刑法)罰則の目安
「土下座しろ!」「クビにしろ!」と執拗に迫る強要罪(第223条)3年以下の懲役
「お前の家(会社)をめちゃくちゃにしてやる」と脅す脅迫罪(第222条)2年以下の懲役 または 30万円以下の罰金
「バカ」「無能」など大声で罵倒し続ける、SNSに晒す侮辱罪・名誉毀損罪(第231条/第230条)1年以下の懲役・禁錮 または 30万円以下の罰金 など
カウンターを叩く、居座って業務を数時間ストップさせる威力業務妨害罪・不退去罪(第234条/第130条)3年以下の懲役 または 50万円以下の罰金 など
胸ぐらをつかむ、物を投げつける暴行罪・傷害罪(第208条/第204条)15年以下の懲役 または 50万円以下の罰金(傷害の場合)

大手企業の事例と動き

すでにカスハラ対策方針を打ち出し現場を守るためのルールを運用している大手企業の事例をご紹介します。

① JR東日本(東日本旅客鉄道)

直面していた事案: 駅員や乗務員に対する執拗な暴言、土下座の要求、SNSへの顔写真の無断投稿など。
企業の対応: 2024年にグループ共通のカスハラ対応方針を発表。明確な基準を設け、「カスハラと判断した場合は、それ以上の対応を打ち切り、以降の利用(乗車や駅への立ち入り)をお断りする」と宣言しました。さらに、悪質な事案には警察や弁護士と連携し、組織として刑事通報を行う体制を徹底しています。

② ANA・JAL(航空2社共同)

直面していた事案: 機内やカウンターでの大声による威嚇、他のお客様への迷惑行為、従業員の盗撮など。

企業の対応: ライバル関係にある2社が手を取り合い、共同で「カスハラに対する方針」を策定したことで大きな話題となりました。 暴言や過度な要求の基準を明確にし、悪質な旅客に対しては「搭乗拒否」や「マイレージ会員の資格取消」などのペナルティを課すルールを敷いています。業界全体で足並みを揃えることで、「あっちの会社なら許された」というクレーマーの抜け道を塞ぐ好例です。

③ 吉野家

直面していた事案: 店舗スタッフに対する理不尽な叱責、居座り、従業員の安全を脅かす言動など。

企業の対応: 2024年にカスハラに対する基本方針を公表。店舗でトラブルが発生した際、現場の店長やスタッフの判断だけで抱え込ませないよう、「即座に本部の専門窓口(サポートライン)へエスカレーションできる体制」を構築しました。悪質な顧客に対しては、本部主導で「出入り禁止」などの毅然とした措置をとる仕組みにしています。

まとめ:これからの企業に求められるバランス

2026年10月の義務化に向け、企業が取るべきステップは明確です。

単にルールを作るだけでなく、「毅然とした対応方針の表明」「いざという時に従業員を絶対に一人にさせない仕組みづくり」、そして「テクノロジーを駆使した業務負荷の軽減」をセットで進めることが重要です。

お客様の声を大切にする誠実さを持ち続けながらも、悪質なハラスメントからは組織が一丸となって従業員を守る。この強固な防衛基盤を作ることこそが、これからの時代に選ばれる企業の必須条件となるでしょう。

目次