生成AIの「ハルシネーション」という言葉はすでに多くの人が一度は耳にしたことがあると思います。
実際に最近海外ではAI関連レポートに実在しない引用や誤った事例が含まれ、資料が取り下げられた事例も報じられています。
今回は改めてハルシネーションと、AI時代に企業が意識すべきリスクについて整理していきます。
AIの回答に「あれ?」と思ったことはありませんか
生成AIが日常的に使われるようになり、文章作成、調査、要約、アイデア出し、資料作成など、さまざまな業務でAIを活用する場面が増えています。
一方で実際にAIを使っているなかで出力された回答やデータに対して「あれ?」「本当にそうだろうか?」と感じた経験がある人も少なくないのではないでしょうか。
過去の制度や古い情報を現在も有効な情報のように説明する。あるいは質問の意図とは少しずれた内容をもっともらしい文章で回答してくる。
こうした現象は単なる誤字や表現のミスとは少し異なります。
問題なのは明らかに間違っているように見えないことです。
文章としては自然で、論理的にも見えるため、確認せずにそのまま使ってしまうと誤った情報を資料や記事、顧客対応に反映してしまう可能性があります。
代表的な事象としては、次のようなものがあります。
実在しない情報を作り出す
存在しない企業、商品、サービス、人物、調査レポートなどを、あたかも実在するかのように回答するケースです。特に、比較表や市場調査、競合分析などをAIに依頼した場合に起こりやすい事象です。
出典や引用を誤って示す
実在するメディア名や企業名を挙げながら実際にはそのような発表や記事が存在しないケースです。
引用元らしい形式になっているため、見た目だけでは誤りに気づきにくい点が厄介です。
古い情報を現在の情報として扱う
過去には正しかった情報を現在も有効なものとして回答してしまうケースです。
料金、制度、サービス内容、法律、ガイドラインなど時間とともに変わる情報では特に注意が必要です。
一部の情報を勝手に補完する
質問に対して不足している情報がある場合でも、AIが文脈から推測して回答を作ってしまうことがあります。ユーザーから見ると自然な回答に見えますが、実際には根拠のない補完が含まれている場合があります。
もっともらしいが、事実と異なる説明をする
文章としてはきれいにまとまっているものの、細部の事実関係が異なるケースです。
特に専門用語、法令、医療、金融、契約、技術仕様などの領域では、小さな誤りが大きなリスクにつながる可能性があります。
このような誤った出力が起きる背景には生成AIの仕組みがあります。
生成AIは検索エンジンのように常に正しい情報を探して提示しているわけではありません。
与えられた文脈や過去に学習したパターンをもとに、「次に続く可能性が高い言葉」や「自然に見える回答」を生成しています。
そのため、AIは知らないことや不確かなことに対しても、文脈上もっとも自然に見える回答を作ってしまうことがあります。
これがハルシネーションと呼ばれる現象です。
つまりハルシネーションとはAIが悪意を持って嘘をつくというよりも、AIの仕組み上、事実ではない情報をもっともらしく生成してしまう現象だと捉えるとわかりやすいでしょう。
AIの回答は便利で業務効率化にも大きく役立ちます。
しかし、その回答が常に正しいとは限りません。
特にビジネスで利用する場合は、「文章として自然か」だけでなく、「事実として正しいか」「根拠が確認できるか」という視点が欠かせなくなっています。
ハルシネーションの影響が発生|海外企業レポート事例
2026年6月、世界4大会計事務所(Big4)の一つに数えられる世界的なプロフェッショナルファーム「KPMG」のAI関連レポートにAIハルシネーションとみられる不正確な記述が含まれていたと報じられました。
対象となったのは、2025年10月に公開された「Redefining excellence in the age of agentic AI」という、エージェントAIの活用事例を紹介するレポートです。
このレポートでは、金融機関、医療機関、鉄道会社、公共交通機関などがAIエージェントを活用している事例が紹介されていました。
しかしその後、名前を挙げられた一部の組織から内容が事実と異なる、または実態よりも誇張されているとの指摘が出たのです。
例えばある金融機関が投資助言やリスク管理にAIエージェントを統合しているとする記述や、公共交通機関が混雑予測や利用者向け情報の個別化にAIエージェントを活用しているとする記述について、関係組織側から不正確または誤解を招く内容だと説明されました。
この事例で重要なのは、AIが間違った回答を出したことそのものではありません。
問題はもっともらしく整理されたAI活用事例が企業名義のレポートとして外部に公開されてしまった点です。
また、同じBig4の「EY Canada」でも2026年5月に同様のケースが発生しました。
同社が公開していた「ポイントプログラムや会員向けロイヤルティ制度におけるサイバーリスク」を扱ったレポートが撤回されたと報じられたのです。
ロイヤルティ制度とは例えば企業のポイントサービス、会員ランク制度、マイル、特典プログラムなどを指します。
こうした仕組みは顧客情報や購買履歴、ポイント残高などを扱うため不正アクセスやポイントの不正利用、アカウント乗っ取りなどのリスクがあります。
EY Canadaのレポートはそうしたポイント制度まわりのサイバー脅威を解説する内容でした。
しかし報道によると資料の中には実在しないレポートへの参照、確認できないデータ、誤った引用、リンク先が存在しない脚注などが含まれていたとされています。
つまり見た目は専門的な調査レポートの形式になっていても、その根拠として示されている出典や数字の一部が確認できないものだった、ということです。
この事例からわかるのはAIによるハルシネーションは本文だけでなく、引用元、脚注、参考資料、データの出典といった部分にも入り込む可能性があるという点です。
特に企業レポートでは本文そのものが自然に見えても、根拠となる情報が誤っていれば資料全体の信頼性に影響してしまいます。
国内での状況や動きはどうなのか?
一方、日本国内では海外のように大手企業のレポート撤回が大きく報じられる事例はまだ多くありません。
ただし生成AIのハルシネーションや誤情報リスクはすでに政府や専門分野のガイドラインの中で重要な論点として扱われ始めています。
例えば総務省と経済産業省はAI事業者ガイドラインの中で、生成AIに関するリスクとして偽情報・誤情報の生成や発信を挙げています。
これはAIの出力ミスが単なる個人利用上の問題ではなく企業や社会全体で管理すべきリスクとして位置づけられていることを示しています。
また、教育分野や法務分野でも生成AIの回答にはハルシネーションが含まれる可能性があるため、出力内容をそのまま使うのではなく、人間による確認や適切な利用ルールが必要だとされています。
つまり国内では個別の炎上事例よりも生成AIをどう安全に使うか、どこまでAIに任せ、どこから人間が確認するのかというガバナンス面の整備が進んでいる段階だといえます。
まずは一人ひとりのビジネスパーソンがAI活用で注意すべきこと
生成AIのハルシネーションを防ぐためには企業としてのルール整備や確認体制も重要です。
しかしその前提として日々AIを使う一人ひとりがAIの回答をどのように扱うかを意識する必要があります。
特にビジネスでAIを使う場合、出力された文章が自然であることと内容が正しいことは別物です。
読みやすく整った文章であっても事実関係、数字、出典、固有名詞、制度、料金、サービス内容などが誤っている可能性はあります。
そのためAIの回答をそのままコピーして使うのではなく、次のような視点で確認することが大切です。
1. 数字やデータは必ず一次情報にあたる
市場規模、利用率、料金、導入社数、調査結果などの数字は、AIの回答だけで判断しないことが重要です。
AIは実在する調査のように見える数字を生成することがあります。
また、過去には正しかったデータを現在も有効な情報のように出力することもあります。
ビジネス資料や記事に数字を使う場合は、官公庁、企業の公式発表、調査会社のレポート、プレスリリースなど、根拠となる情報を確認する必要があります。
2. 固有名詞や事例は実在確認を行う
企業名、サービス名、人物名、導入事例、提携事例なども注意が必要です。
AIは文脈に合うそれらしい事例を作り出してしまうことがあります。
特に「〇〇業界の事例を出してください」「競合サービスを比較してください」といった依頼では、実態と異なる特徴が含まれてしまうことなどもあります。
固有名詞が出てきた場合はその企業やサービスの公式サイト、ニュースリリース、信頼できるメディア記事などで確認することが重要です。
3. 引用元や出典は“ある前提”で信じない
AIが出典らしいURLや文献名を示したとしてもそれが実在するとは限りません。
もっともらしいレポート名、論文名、メディア名、リンク先が表示されても、実際には存在しない、または本文の内容と一致していない場合があります。
出典が表示された場合でも、「出典があるから安心」ではなく、「その出典に本当に書かれているか」まで確認することが必要です。
4. 法律・医療・金融などは特に慎重に扱う
法律、医療、金融、契約、税務、労務などの分野では、AIの誤回答が大きなリスクにつながる可能性があります。
制度やルールは変更されることも多く表現のわずかな違いが意味を変えてしまうこともあります。
こうした領域でAIを使う場合はあくまで下調べや論点整理の補助として位置づけ、最終的な判断は専門家や公式情報に基づいて行うべきです。
5. AIの回答を「完成品」ではなく「下書き」として扱う
AIは文章のたたき台を作る、論点を整理する、視点を増やす、表現を整えるといった用途では非常に有効です。
一方でAIの回答をそのまま完成品として扱うと、ハルシネーションが混ざったまま資料や記事に反映される可能性があります。
ビジネスパーソンが意識すべきなのはAIに答えを出してもらうことではなく、AIの出力を人間が確認し、使える形に整えることです。
AIを使う力とは単にうまく質問する力だけではありません。
出力された内容を読み解き、違和感に気づき、必要な部分を確認する力でもあります。
ハルシネーションを完全に避けることは難しくてもAIの回答をそのまま信じない姿勢を持つことで誤情報が外部に出てしまうリスクは大きく減らすことができます。
最後に
生成AIは文章作成や情報整理、アイデア出しなど、ビジネスのさまざまな場面で活用できる便利なツールです。
一方でハルシネーションのように事実ではない情報をもっともらしく出力してしまうリスクもあります。
重要なのは、AIの回答をすべて疑って使わないことではなくAIの特性を理解したうえで、必要な確認を行いながら活用することです。
これからのビジネスパーソンにはAIにうまく指示を出す力だけでなく、出力された内容を見極め、根拠を確認し、業務で使える形に整える力が求められます。
AI活用が広がる今だからこそ、ハルシネーションを単なるAI用語としてではなく日々の業務や情報発信に関わるリスクとして捉えておくことが大切ではないでしょうか。

